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ゆうまるブログ

自由気ままに意見を掲載(^^)

朴槿恵元大統領罷免について

国際 時事

韓国の朴槿恵元大統領が遂に罷免された。最高裁の判断である。法治国として、しっかりと判断を遵守するべきだ。

朴槿恵元大統領の疑惑がすべて真実とは限らない。マスメディアが誇張している部分もあるだろう。ただ、朴槿恵元大統領の誠意が伝わってこなかった。説明責任も果たしていない。韓国国民から見たら、逃げているように見えるだろう。僕のような日本人でも、そう見えた。説明しないということは何か疚しいことでもあるのかなと、勘繰らざるを得ない。そういった姿勢も、罷免につながる要因になったのかもしれない。

注目すべきは今度の展開だ。果たして真相は解明されるのだろうか。僕の予想では、真相は闇に葬り去られるだろう。過去の歴史を加味しても、大抵こういったスキャンダルは有耶無耶に終わる。人間は飽きっぽいもので、表舞台から引きずり下ろしたら、その後の展開は興味なくなる。マスメディアも関心を失う。国民の憎悪ほど怖いものは少ない。これからどのように真相が解明されるのか、それとも永遠に埋没してしまうのか。

次の韓国の大統領候補の最有力候補は、反米反日の人物だ。今でさえ険悪な日韓関係がさらに悪化してしまうかもしれない。慰安婦合意も履行されず、破棄されるおそれがある。僕は非常に危惧している。隣国同士が啀み合うと、アジアの秩序が危うくなる。別に仲良くなる必要はない。しかし、戦略的互恵関係は維持すべきだ。日本人と韓国人、お互い嫌いだという人たちが多い。嫌いなのは仕方ないが、子どもじゃあるまいし喧嘩はすべきではない。刺激せず、冷静な対応が必要である。

思い通りにはいかないけど

人生観

人生、誰だって思い通りにはいかない。七転び八起きの繰り返しである。それでも皆一生懸命生きている。

自分の不甲斐なさなら受け入れるが、不可抗力は受け入れにくい。天災や病気、事件や事故など、自分がいくら気をつけていても巻き込まれてしまうことがある。それによって人生の歯車が狂うことだってあるのだ。思い描いていた人生が一瞬で破綻する恐怖。誰だって紙一重である。いつ自分に不可抗力が降りかかるかわからない。努力家だって例外ではない。不可抗力は平等だ。

何もかも上手くいく人生もどうかと思う。挫折感を味わうことで人として成長できる。上手くいくときより、上手くいかないときのほうが、色々と試行錯誤できる。失敗は成功の母である。失敗するからその人に人間味を感じるのだ。もちろん、失敗しないに越したことはない。だが、現実問題として失敗しない人間など皆無だ。もしいるなら、その人は自分の失敗に気づいてないだけだ。過度に失敗に翻弄されるべきではない。ただ、失敗を認めることも大切。

思い通りにはいかない人生で、疲弊してしまったり夢を捨てることもあるかもしれない。疲弊したら休憩すればいい。夢を捨ててしまったらまた拾えばいい。単純明快である。そんなポジティブにはなれないかもしれない。しかし、人生は思い通りにはいかないからこそ、お互いの肩を支えあうことができるのではないだろうか。傲慢にならないでいられるのは、思い通りにいかないからだ。思い通りにいかないからと人生を悲観せず、人生を俯瞰して見てみてほしいと思う。

 

東日本大震災の教訓

時事 天災

今日で東日本大震災から6年が経つ。僕自身は被災者じゃないが、テレビの映像は今でも鮮明に覚えている。

東日本大震災によって多くの尊い命が奪われてしまった。想定外の大津波、想定外の原発事故。当時の政府は想定外という言葉を連発した。まるで自分たちには落ち度はないと主張しているようだった。もちろん、想定外だったのかもしれない。だが、被災者の気持ちを考慮していたとは思えなかった。想定外という言葉は、一般市民ならともかく政府が言ってはならない。特に原発事故の対応力は酷かった。

今なお、行方不明者がたくさんいる。一刻も早く見つかってほしい。大切な人を、天災によって奪われ、卑劣ないじめにあっている被災者がたくさんいる。理不尽な社会かもしれない。しかし、全員が全員心ない人たちではない。被災者のことを思って、現地には行けなくても、募金などで貢献した方々もたくさんいる。募金するのは恥ずかしいと思う人たちもいるだろう。たとえ偽善者だと思われてもなにもしないよりはいい。善意の押し売りはどうかと思うが、救済される人たちもいる。

この東日本大震災を風化させてはならない。教訓として生かしていかなければならない。そのためには、自分は大丈夫だという概念を捨てることだ。そして、天災で避難指示や避難勧告が発表されたら、躊躇なく避難することが大切。避難場所を事前に把握しておくのもいいかもしれない。亡くなられた方々や行方不明者の方々。被災者の方々。すべての人たちのためにも東日本大震災を風化させてはならない。教訓として備えあれば憂いなしである。最後に、亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りする。

少年を責めないでほしい

スポーツ 時事

WBCが開幕した。侍ジャパンの世界一奪還に日本中が熱狂している。そんな最中、キューバ戦で山田選手の打球を少年がフェンス手前でキャッチしてしまった。

この珍事により、山田選手はツーベースヒットとなった。残念なのはそのあとである。ネット上でその少年に対し、非難囂々投稿されたことだ。さらに、少年の個人情報を曝す人たちまで現れた。ネット社会の闇の部分だ。確かに、野球ファンとしては、怒るだろう。少年の行為はマナー違反である。だからといって、少年を攻撃する投稿は許されない。法的には問題ないが、道徳的に許されない。自制する必要がある。

僕も球場に足を運んだことがあるが、あの独特な雰囲気は圧巻だ。観戦しているこっちまで興奮してくる。あの状況下で理性をコントロールするのは大変だった。少年の場合、WBCである。余計興奮していたことだろう。咄嗟にボールをキャッチしてしまったのだろう。もちろん、フェンス手前で観客がボールをキャッチする行為は禁止されている。少年とはいえ例外ではない。ただ、ナイスキャッチではある。別に擁護するつもりはないが、そんな非難囂々しないでほしい。

少年の行為に対して、山田選手は寛容な心で許してあげたそうだ。山田選手の男気を感じた。結果的に、キューバ戦は完勝した。もしこれで負けてたら、少年のトラウマになってたかもしれない。非難囂々も強烈なものになっていただろう。とにかく勝って安堵した。もう少年を責めないで侍ジャパンを応援しよう。これから厳しい闘いが続く。日本中から熱い声援を送ることが、侍ジャパンの躍進につながるだろう。

正義の定義

教養

正義とは何か。誰もが納得することが正義なのだろうか。人類史上、最もむずかしい難題のひとつと言っても過言じゃない。

皆が、自分の振りかざす信条こそが正義だと思っている。確かに、正義の概念はその人その人の価値観によるだろう。平和こそが正義だという価値観の人もいれば、テロなどを正義だという価値観の人たちもいる。ただ、テロを正義だという価値観は、一般人には理解できない。看過することもできない。そう考えると、圧倒的多数の人の価値観が正義なのだろうか。民主主義ではそういう考えである。

僕は、圧倒的多数の価値観が正義だと考えることに賛成だが、危惧もしている。例えば、圧倒的多数の人たちが、戦争を正義だと主張した場合などだ。戦争を擁護することが果たして正義なのだろうか。もし、圧倒的多数の人たちの価値観が正義だとする考えを容認すると、そういう弊害が生じる。だからこそ、安易に正義だと主張することは慎むべきだ。自分の信条こそが正義とは限らないのだから。

かつて、ナチスが振りかざした正義によって翻弄された世界。正義は時として秩序を乱す元凶となってしまう。偉い人が言っているのだから正義とは限らない。かといって自分の信条が正義とは限らない。それを見極めるのは容易ではない。しかし、邪悪な社会よりも、正義がまかり通る社会のほうがいいだろう。偽善者だと思われるかもしれないが、正義について考察させて頂いた。とどのつまり、正義については、これからも考察していくしかない難題である。ひとつだけ言えることは、誰かを傷つける言動は正義ではない。

 

堀北真希芸能界引退

芸能

人気女優だった堀北真希さんが突然芸能界引退を発表した。衝撃的だったが、2015年の突然の結婚のほうが驚いた。

堀北真希さんは数多くのヒット作に出演してきた人気女優である。芝居も折り紙付きだ。結婚してからも更なる活躍を期待してただけに残念だ。本人の決めたことにとやかく言うつもりはない。芸能界引退という決断には相当な覚悟があったのだろう。芸能界を引退するということは一般人になることだ。変な重圧からは解放されるかもしれないが、若い頃から女優として活躍してきた堀北真希さんが、一般社会に適応できるのか心配だ。

僕は、それほど堀北真希さんのファンではなかった。それでも、容姿端麗で清楚な女優さんという印象はある。ドラマに出演していたら見てた。堀北真希さんの出演していたドラマで一番好きなのは「花ざかりの君たちへ」だ。あのドラマは面白かった。堀北真希さんの迫真の演技は、僕の度肝を抜いた。もちろん、他の出演者の演技も素晴しかった。ドラマの脚本も良かったのかもしれない。今でも鮮明に覚えている。

これから、堀北真希さんの人生が有意義なものになってほしい。色々な臆測があるが、彼女の選択した道である。応援していきたい。芸能界引退は残念であるが、堀北真希さんなら他の道でも躍動できるだろう。芸能界は新しい人材を求めている。堀北真希さんの後釜が誰になるのか注目していきたい。ただ、堀北真希さんにはなれないだろう。何故ならば、堀北真希さんは唯一無二の存在だからだ。辛いことや苦しいこともあるかもしれない。それでも、堀北真希さんがこれからの人生を謳歌してくれることを心から願っている。

月9批判に物申す

ドラマ

月9が面白くないと批判する人たちがいる。批判するのは自由である。ただ、脈絡もなく批判するのはどうかと思う。

月9と言えば、恋愛ドラマで有名だ。しかし、最近低視聴率で物議を醸している。ネット上では批判の投稿が多い。それに便乗し、マスメディアも月9批判をする。視聴率がすべてなのだろうか。統計学的にはそうかもしれないが、面白いというネット上の投稿もある。一概に月9を批判し、オワコンだと決めつけるのは早計だ。毎回楽しみにしてる視聴者も沢山いる。視聴率に翻弄されるべきではない。

ベタな恋愛ドラマは今の視聴者に受け入れられにくいのも実状だ。内容を工夫することも賢明だろう。だが、月9はベタな恋愛ドラマだからこそキュンキュンするのだ。冒険するのはいいが、慎重になるべきだと思う。視聴率が低いと批判されたら、改善策を検討する気持ちもわかる。しかし、敢えて初心に帰ってほしい。気合いを入れすぎて空回りしているかんが否めないからだ。月9は月9らしく堂々と奮闘するべきだ。

これから月9がどのようになっていくか推移を見守る。一発逆転を狙うのか、現状維持するのか。それとも初心に戻るのか。一発逆転を狙うと、冒険しすぎだと批判され、現状維持すると、改善しろと批判され、初心に戻ると、時代錯誤だと批判されるだろう。批判することが駄目ではない。言論の自由があるからだ。ただ、批判に便乗するのはいかがなものか。批判することで萎縮してしまい、負の連鎖につながる。月9に限らず、ドラマは視聴率だけではないことを考察するべきだ。