読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゆうまるブログ

自由気ままに意見を掲載(^^)

偽善者だと思われても

教養

偽善者。たとえ善意で行った行為も、偽善者だと思われてしまう。無償の愛など存在しないのだから。

だからといって、僕は善意をやめない。偽善者だと思われ、鼻で笑われても。見て見ぬふりをするくらいだったら、たとえお節介でも善意を行う。困っている人が目の前にいて平常心でいられるわけがない。もちろん、躊躇してしまうこともある。自分は善意だと思っていても、相手からしたら悪意にとられることもある。ただ闇雲に善意を行えばいいというわけではない。慎重に見極める必要性がある。

あからさまに善意をしてますアピールをする人もどうかと思う。善意をしないよりはましだが、推奨はできない。善意はすることではなく、させていただくことだからである。また、偽善者だと思われてしまうかもしれない。僕は別に偽善者でも構わない。見えないところで行うからこそ、善意は価値がある。子どもならまだしも、大の大人が善意を見せびらかしてたら恥ずかしい。

何をしたって非難する人はいる。嫉妬ほど怖いものはない。いい言動をしたら偽善者と罵られ、何もしなかったら人でなしと罵られる。理不尽な世の中である。どうせ罵られるのなら、偽善者と思われたい。自分が正しいと思って行った善意なら、他人にとやかく言われる筋合いはない。一人ひとりが善意を行えば、きっとこの世の中に笑顔が増えるだろう。偽善者だと思われても、顰めっ面よりも笑顔の世の中を願う。