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ゆうまるブログ

自由気ままに意見を掲載(^^)

ギャンブル依存症の定義に疑問

社会問題 教養

ギャンブル依存症という病気がある。僕は敢えてその問題を提議したい。はたして、依存症という病気なのか。

何でもかんでも依存症という名をつけて正当化するのは看過できない。ギャンブルだって、自らの意志で行っているのだ。勝ったときの興奮が忘れられずのめり込む。冷静に考えると、自業自得である。それを依存症という病気にしたら、ギャンブルで大金を注ぎ込むことも正当化されかねない。非常に危惧している。無論、本当に依存症で困っている人もいるのも事実だ。そういった人たちのケアは怠ってはならない。

僕はギャンブルをしない。だが、ゲームの課金はする。それもギャンブルとまでは言わないが、どんどんエスカレートしていく。人間は貪欲なのだ。もっともっとと血眼になる。それを依存症というのか。僕はそうとは思わない。事実、僕は制御できている。他にも、アニメやアイドルに大金を注ぎ込む人たちもいる。その人たちも依存症なのか。自分の好きなことに大金を注ぎ込むことは尋常だ。ギャンブルもそうではないか。

医師ではない素人の意見は戯言に聞こえるだろう。しかし、依存症という名をつけたら許される風潮が蔓延している。ギャンブル依存症もそのひとつだ。ギャンブルによって人生が破綻してしまうことはよくない。ましてや家庭を持っている人なら尚更だ。病気と捉えることで、世間体は守られる。病気だから仕方ないと思ってしまう。何度も言うが、本当にギャンブル依存症に苦しんでいる人のケアは必要だ。ただギャンブルに大金を注ぎ込む人たちを依存症と定義するのは疑問である。